ラハイナ史跡情報2
マル・ウル・オ・レレ公園
現在では 地元の人々達のスポーツの場として グランド、テニスコートの公園となっている。
昔は トカゲ形の池があり 水の精が住んでいたと伝えられている。 
また この池には モクウラと言う小さな島があり 何十年もの間王の家がありまた 
有力な人物は この地に埋葬された。1918年には 理由はわからないが埋めたれられてしまった。
【見学自由】Map#11
ワイオラ教会
王朝の有力な女王で会ったケオプオラニに力添えをと頼まれた リチャード牧師とスチワーと牧師によって 
1823年に建てられたプロテスタンド教会。1832年には ハワイ最初の石造りとして立て直されている
。当時 毎週行われた礼拝には 3000人もの人々が訪れた。1952年には 現在のコンクリート建築にかえられた。
元の名をワイネエ教会=働く水から ワイオラ教会=生命の水と名を変えた。
【見学自由】(外観)Map#12
ラハイナ本願寺
1910年に マウイに移住した日本人によって建てられた。
創立以来 お寺として また日本語学校として日系人には なくてはならない場所あり ふれあいの場であった。
(現在の建物は 1927年に改築)【見学自由】(外観)Map#13
ラハイナ牢獄
昔 法を犯した鯨漁師達を監禁した刑務所。ハレ・パアハオとは ハワイ語で“監禁場所”という意味であり
1852年に囚人達の手によって作られた。この建物の外壁は ウォーターフロントから取り出した珊瑚石を用いて造られている。
【見学自由】(外観)Map#14
真言宗法光寺
19世紀末 砂糖きび畑で働く日本人移民者が増えた頃に立てられたお寺。現在の御住職 正木先生の教えは 
今も尚マウイに住んでいる日系人の心のよりどころである。【見学自由】(外観) 【入場料】なし(さい銭箱あり)Map#15
マリア・ラナキラ教会
1814年 ローマカトリック教のミサが始めて行われ 1846年にこの木造の教会が建てられた。
(現在の建物は 1928年に改築)【見学自由】(外観)Map#16
シーメンズ・セメタリー
白鯨の作者として知られる ハーマン・メルビルの兄や重い病に伏した 彼の船員達の多くが埋葬されてる墓地である。
【見学自由】(外観)Map#17

 

ウォン・ヒン寺
ハワイには 中国人移民者も多く各島に中国寺院がある。フロント・ストリートにある寺は 
ビクトリア様式を取り入れたモダンな建物である。現在中国人友愛組合の支部でもある。
1階には 中国工芸品が展示されており 発明家トーマス・エジソンが撮影した(1898年・1906年)貴重なハワイフィルムを公開している。
【時間】10:00〜16:00 【入場料】なし(寄付金箱あり)Map#18
 
U.S・シーメンズ病院
1833年に建てられた建物は 一時期カメハメハ3世の隠れ場所でもあった。
彼はここで漁師達と酒を酌み交わしていたと伝えられている。1944年頃には 
アメリカ政府に貸し出され 病院として利用された。(現在の建物は 1982年ラハイナ復元保存財団によって再建)

【見学自由】(外観)Map#19

ラハイナ 浄土時
ラハイナ 浄土時の境内には 海外では最大という重さ3.5トンの仏像が海を見晴らし座っている。
1 968年 日本人移民100周年を祝って建造された。現在 夏祭りには 盆踊りの行事などがある。
【見学自由】境内 【入場料】なし(さい銭箱あり)Map#20

 



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