マウイ郡は 3島の島から成り立っている。  モロカイ島・ラナイ島

ハワイ州 9島の説明
ニイハウ島
面積69.46mi2 人口:約250人 島の色:白 島の象徴:ププ(貝) ニイハオシェル 愛称:The Mystery Island(神秘の島)

ニイハオ島は カウアイ島から南西27kmの位置にある。島は490万年前から活動した楯状火山であるがすでに活動は終え、
山体は東側に大規模な地すべりで崩壊している。最高峰は標高390mのパニアウ山(Mauna Paniau

1795年、カメハメハ1世によってハワイ王国が建国された後も、ニイハウ島は首長カウムアリイ(Kaumualii)の統治下にあった。
しかし、1810年にハワイ王国が遠征軍を派遣した結果、カウムアリイは降伏し、ニイハウ島はハワイ王国の一部となった。

1864年、スコットランド人のエリザベス・シンクレア夫人が、カメハメハ5世(1863 - 1872年)からピアノ1台と 10,000ドルで、
ニイハウ島を島民付きで買い取った。現在もシンクレア夫人の末裔である、ロビンソン一家がニイハウ島を所有している
島に出入り出来るのは原則としてロビンソン一家とカウアイ郡の関係者だけで、一般人の出入りは難しいと言われている。
現在では島の一部を散策できるツアーもあり、上陸については容易であるが、島民への接触は招待された者以外は認められていない。


カウアイ島
面積552 mi2 人口6.569万 島の色:紫 島の象徴:モキハナ 愛称:The Garden Island(庭園の島)

ハワイ諸島の最北端に位置し、直径約50kmのほぼ円形で、総面積1430.4km2火山活動によって形成された島であり、その形成時期はもっとも古いとされ、約500万から600万年前に海面に姿を現した。
一時期はニイハウ島と地続きになっていたと考えられている。
中央に聳えるワイアレアレ山の影響により太平洋上からの貿易風が遮られるため、島東部と島西部で極端に気象状況が変化する。
西側のケカハでは年間降雨量は300mmに満たないのに対し、リフエの年間降雨量は1755mmである。
また、山頂付近では高度と気温の関係から年間12000mmもの降雨量を記録する。
豊富な降水などによる侵食作用が、ワイメア渓谷ナ・パリ・コーストといった独特の景観を形成した。

山林地帯はきわめて植生豊かで、特にアラカイ湿地帯ではハワイミツスイ類などの貴重な鳥や、この島独自の2500種もの植物が生息している。

1778年、ハワイ諸島に到達した最初のヨーロッパ人となったジェームズ・クックが、
最初に上陸したのは、カウアイ島南西部のワイメアであった。


オアフ島
面積597 mi2  人口95.32万  島の色:黄色 島の象徴:イリマ 愛称: The Gathering Place(集いの島)

ホノルル・ワイキキで有目な島 人口はハワイ州最大で、州全体の8割の人がこの島に住んでいる。また、
州庁もこの島にあり、政治・経済・観光の中心となっている。島の南岸東寄りのホノルルに主要施設は集中している。
ダニエル・K・イノウエ国際空港
や港湾もここにあり、ハワイ島ほかの隣島への乗り継ぎの拠点となっている。
市の東部のワイキキにはホテル・コンドミニアムやショッピングセンター等が林立し、世界有数のリゾート地帯となっている。

ウィンドワードと呼ばれる東岸は風光明媚な海岸である。北岸はノースショアと呼ばれ、
冬季には高波が打ちつけるサーフィンの名所となっておく世界各地からサーファーが訪れるとともに、
大会等も開催される(西岸は「リーワード」と呼ばれる)。



モロカイ島
面積260 mi2 人口7404  島の色:緑色 島の象徴:ククイの花 愛称:The Freindly Island(友情の島)
モロカイ島はハワイ州内の行政上はマウイ郡に属しているが、以前ハンセン病コロニーがあった
カラウパパ半島
だけが独立した別の郡になっている。島の面積は670km2で、人口は約7,000人。
島最大の町は中央部のカウナカカイ(人口約1,000人)で、モロカイ空港はこの町の北西11kmのところにある。

未だこの島には 信号機が1つしかない。

ラナイ島
面積140.5 mi2  人口3102  島の色:だいだい色 島の象徴:カウナオア 愛称: The Pineapple Island(パイナップルの島)

ラナイ島太平洋アメリカのハワイ州に属する島。ハワイ諸島の中心部に位置する火山島で、最高峰はラナイハレ山である。
島の愛称としてパイナップル・アイランド、プライベート・アイランドなどと呼称される。
これは、かつて世界のパイナップル生産高の20%を占めるほどのパイナップル産出島であったことや、島の98%をアメリカの商事会社キャッスル&クックが所有していたことなどから付いたニックネームである。島のほぼ中央に位置するラナイ・シティに住民のほとんどが居住している。

ラナイ島は先史時代のほとんどの期間をマウイ島に支配されていたため、先住民はほとんど居住していなかった。
1778年、ハワイ島の首長であったカラニオプウは、マウイ島との戦争を介してカメハメハ指揮のもと、ラナイ島を占領した。

ヨーロッパ人で最初にこの島を目にしたのは、イギリスのジェームズ・クック船長の後継者、チャールス・クラーク船長で、1779年のことであった。
欧米人として初の上陸を果たしたのは1823年にやってきた宣教師ウィリアム・エリスで、エリスは自著Narrative of a Tour of Hawaiにてラナイ島の人口を2000人程度と見積もっている。

1850年代に入るとモルモン教徒によってラナイ・シティの南部に位置するパラワイ盆地にコミューンが形成された。
指導者ウォルター・ギブソンのもとでモルモン教徒たちはラナイ島の土地を買い漁った。しかし、1864年、ギブソンが教団名義でなく自分名義で土地を購入していたことが明らかとなり、ブリガム・ヤングによって破門されてしまうここでの移譲交渉は失敗に終わり、モルモン教徒はオアフ島へと移住していった。


マウイ島
面積727 mi2 人口14.44万  島の色:桃色 島の象徴:ロケラニ(プチローズ)
愛称
The god Island(神の島)  The Magic Island(魔法の島)  The Valley Island(渓谷の島)
マウイ島に限り いくつかの愛称で呼ばれている。
l神様の島・マジックアイランド 何故ならば マウイ島は 唯一神様の名前がつけられているからです。

マウイ島The Island of Maui)は、アメリカ合衆国ハワイ州(ハワイ諸島)の島である。ハワイで2番目に大きい島であるが、
元々は2つの島であったものが、現在の島南東部に位置するハレアカラ火山の噴火により流れ出た溶岩でつながり、現在の形となった。
その地形から別名Valley Islandとも呼ばれる。
マウイ島、モロカイ島、ラナイ島、カホオラウェ島の4島で構成されるマウイ郡の中心であり、郡全体の人口は128,094人(2000年国勢調査)、
そのうち約9割の人口がマウイ島に集中、人口はオアフ島、ハワイ島に次ぎ州内3番目に多い。
空港のあるカフルイが島の政治経済の中心で、島の北西のカアナパリ、カパルア地区、また南西のキヘイ、ワイレア、マケナ地区に、
リゾートホテル、コンドミニアム、ゴルフ場が集中している。また、島中西部の港町ラハイナは、かつてハワイ王朝の首都だった古都であり、
19世紀には捕鯨基地として栄えた歴史も持つ。
島東岸は、ハレアカラ山の麓にあたり、厳しいカーブの道が続くが、カフルイ空港から90kmほど南、
ハナの町には、アメリカの著名人にも隠れ家的ホテルとして知られる超高級ホテル、ホテル・ハナ・マウイがある。

元々マウイ島は、北西側のプウ・ククイ山Pu'u Kukuiのある島と、南東側のハレアカラ山Haleakalaが溶岩で繋がり形成された島である。
その形は、女性の上半身に形容される。標高3000m超のハレアカラ山頂は、映画2001年宇宙の旅の撮影にも使用された。
ワイレア沖に三日月の形をした無人の小島、モロキニ島がある。


モロキニ島:面積0.093km2 人口:無人島 島の色:なし 島の愛称:クロアッサン島 ・三日月の島

モロキニ島(Molokini)とはハワイ諸島のマウイ島南東の沖にある三日月形の小さな無人島である。 マウイ島の海岸線から4.2km、
マケナ(Makena)の集落からは約6Kmほどの沖にある。同島は、楯状火山であるハレアカラの南西リフトゾーンに沿った位置にある側火山で、
種類はタフコーン。約23万年前の火山活動で生まれた。海底から150m、標高49m、コーンの直径540m。火口の半分が水没して出来た島で、
火山のクレータが斜めに隆起して、水面から出ている部分が三日月状になっている。島の面積は0.093km2で、島の周囲は断崖だが、
豊かな熱帯魚が生息する美しいサンゴ礁に囲まれており、ダイビング・スポットともなっている。
1977年にハワイ州で4番目の海洋生物保護区に指定された。一般人の島への上陸は禁止されている。島内に自動灯台がある。



カホオラヴェ島  
面積44.59 mi2 人口:無人島 島の色:鼠色  島の愛称:The Forbidden Island(禁断の島)

カホオラウェ島はマウイ島の沖合13km程にある。ハワイ諸島の主要8島では最も小さい。
900年ほど前からハワイ人が住んだ島であるが、乾燥がひどく、農作物が生育しにくかったといわれる。
統一ハワイ王朝が成立する頃には度重なる戦争の影響で島の土地が荒廃し、殆ど無人の島となった。
カメハメハ3世はこの島を流刑地として使用した。20世紀に入るとハワイ自治政府はカホオラウェ島を森林保護区として、
自然を回復させようとした。
しかしすぐにこの島はアメリカ人の資本家に貸与され、牧場に転用される。ところがこの島には干魃が定期的にやって来るので、
結局は牧場も撤退してしまった。やがて太平洋戦争が勃発。カホオラウェ島は米軍の演習地として接収された。
米軍はこの島を上陸作戦の演習場として使用。朝鮮戦争・ベトナム戦争時には戦闘爆撃機による対地攻撃の演習場となった。
1965年にはTNT500tによる模擬核実験セーラーハット作戦(Operation Sailor Hat)が行われた。
976年、先住ハワイ人たちの間でカホオラウェ島を取り戻そうという動きが始まる。その結果、1991年に米軍の演習が終了。
1993年に島はハワイ州政府に返還された。この時、島全体が「先住ハワイ人の文化的・宗教的活動にのみ使用される」ことも決まり、
この島での営利活動は一切禁じられた。現在もカホオラウェ島では演習の残骸除去と植生の回復活動が行われているが、
軍隊の演習に使われたためまだ多数の不発弾などが残っている


ハワイ島
面積4,028 mi2  人口18.67万  島の色:赤色  島の愛称:Big Island(ビッグアイランド)

東岸の都市・ヒロは、日系移民によって開発された都市である。ヒロは、歴史的に津波によって数度壊滅的被害を受けた経験から、太平洋津波博物館が設置されており、津波に関する研究が行われている。

ハワイ島内の南西にある町キャプテン・クックは、キャプテン・クックことジェームズ・クックがハワイの原住民に殺害された場所であり、ケアラケクア湾にはその記念碑がある。また、ハワイ王朝を統一したカメハメハ大王の出身地も島内にあり、ホノルルのイオラニ宮殿前にあるのと同様の銅像が、同島東岸の都市ヒロと、同島北端のハヴィ(カメハメハ大王の出生地)に各1体ずつある。

ハワイ島は、ホットスポット上にあることから活発な火山活動が起きてきた。島は5つの楯状火山で構成されていて、互いに噴火期間が重なり合いながら、順番に噴火した。5つの火山は活動順に、コハラ(死火山)、マウナ・ケア(休火山)、フアラーライ(休火山)、マウナ・ロア(活火山)、キラウエア(活火山)である。これらのうちマウナ・ロアの一部とキラウエアがハワイ火山国立公園に含まれる。
マウナ・ロアの南麓と西麓に露出する古い熔岩からの地質学的証拠の解釈により、ニノレ(英語版)とクラニ (Kulani) と名づけられたつの古代の楯状火山がより新しいマウナ・ロアによって埋められているという説が提唱されたことがある。
地質学者たちは現在これらの「露頭」がマウナ・ロアが初期に成長した部分であると考えている。

最大寸法で、ハワイ島は差し渡しが150 km、10,432.5 km2の陸地面積を持ち、全ハワイ諸島を合わせた面積の62%を占める。
島中央部にはマウナ・ケア(海抜4,205 m)とマウナ・ロア(海抜4,169 m)の2つの4000 m級火山がある。
ギネス・ワールド・レコーズの認定によると、海洋底の基部から測った高さでは、マウナ・ケアが10,203 mで世界で最も高い山である。
マウナケア山頂付近は、天候が安定し、空気が澄んでいることもあり、世界各国の研究機関が天文台を設置、日本の国立天文台が設置したすばる望遠鏡もここにある。また、山頂では常夏の島でありながら冬場には積雪も見られる
  • カウラ島(Kaula Island
  • ニホア島(Nihoa Island
  • ネッカー島(Necker Island
  • ディサピアリング島(Disappearing Island
  • フレンチフリゲート瀬(Frenchi Frigate Shoals
  • ガードナー尖礁(Gardner Pinnacles
  • マロ環礁(Maro Reef
  • レイサン島(Laysan Island
  • リシアンスキー島(Lisianski Island
  • パールアンドハーミーズ環礁(Pearl and Hermes Reef
  • ミッドウェー環礁(Midway Atoll
  • クレ環礁(Kure Atoll
  • ミッドウェー環礁以外はハワイ州に属している。


  • マウイ君御覧ください。


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